中の人
子どもが生まれるまで、妻との関係は良好だった。
でも出産を境に、妻は子ども中心の生活になった。仕事が忙しく、平日はほぼワンオペを妻に任せていた私は、気づけば「家族の中の他人」になっていた。
自分なりに育児へ参加しようとしていた。でも妻の目には「手伝いをするパパ」にしか映っていなかった。そして正直に言えば…心のどこかで「育児はママが主体でやるもの」という気持ちが、ずっと抜けていなかったのかもしれない。
もともと、私は子どもがあまり得意ではなかった。「子どもが好き」と言っていた妻に主体を任せることに、抵抗がなかったのはそのせいでもある。でも今思えば、それは昭和世代の親に育てられた私たち夫婦に染みついた、古い価値観だったのだと思う。「育児はママがやるもの」「パパは仕事をしていればいい」…誰かに教わったわけでもないのに、そう信じていた。
ある夜、妻が限界を迎えた。「もう子どもを見たくない」「このままでは一緒にいられない」。「子どもが好き」と公言していた妻が、そう言った。余裕がなくなると子どもを避けてしまうことが、今もあると言う。あれほど子どもを愛していた人が、そこまで追い詰められていた。私が見て見ぬふりをしてきた年月の重さを、そのとき初めて実感した。
それから変わった。家事も育児も「手伝う」ではなく「一緒にやる」へ。今、自分が仕事に行けているのは、妻が家を守ってくれているからだ。その事実を、忘れないようにしている。
このサイトは、そこから私が調べ、試し、失敗してきた記録です。「育児が嫌い」と感じることは、おかしくない。子どもが得意じゃない親だって、いる。
大事なのは、しんどさを一人で抱えず、使えるものを賢く使うことだと思っている。
(共働き育児歴:7年目 / 時短家電・家事代行・ベビーシッターを利用)
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