「今日も怒鳴ってしまった」
子どもが眠ったあと、暗い部屋でひとり、そう思ったことはありますか。
寝顔を見て、胸が痛くなる。「ごめんね」って、声に出せないまま。 それなのに明日の朝になればまた同じことをくり返してしまう。
そんな自分が、嫌いになりそうなとき。 「育児が嫌い」って思ってしまったこと、ありませんか。
あって、当然です。むしろ、そう感じない方がおかしい。 今日はそんな話をしたいと思います。
あなたが嫌いなのは、「育児」じゃない
正直に言います。
「育児が嫌い」という言葉の裏には、ほとんどの場合、育児への愛情がちゃんとあるんです。
本当に興味のないことは、「嫌い」とも思わない。 嫌だと感じるのは、それだけ真剣に向き合っているから。
でも毎朝6時に起きて、子どもの支度をして、自分も準備して、 満員電車に乗って、仕事をこなして、保育園にお迎えに行って、 ご飯を作って、お風呂に入れて、寝かしつけて。
気づいたら日付が変わっていた、なんて日も珍しくない。
そんな毎日の中で、「育児が楽しい!」と満面の笑みで言える人が、果たしてどれだけいるでしょう。
疲れ果てた体で、余裕のない心で、それでも子どものそばにいようとしている。 その事実だけで、あなたはすでに十分すぎるほど、いい親です。
では、なぜ手を抜いていいのか。3つの理由をお話しします。
理由①「全部ひとりでやらなきゃ」は、誰も決めていないから
共働きの夫婦と話していると、不思議なことに気づきます。
みんな口をそろえて、「もっとうまくやれるはずなのに」と言うんです。
夫は「俺がもっとやれれば」と思っている。 妻は「私がしっかりしなきゃ」と思っている。 ふたりとも限界なのに、ふたりとも自分を責めている。
そして夜、疲れ果てて同じソファに座っているのに、 なぜかうまく話せなくて、ため息だけが部屋に漂う。
あの静かな冷たさ、経験したことがある方もいるんじゃないでしょうか。
これは、夫婦の相性の問題でも、愛情が冷めたわけでもない。 ただ、「家庭のことは家族だけで全部やるべき」という思い込みに、ふたりして縛られているだけなんです。
仕事だって、ひとりでできないことはチームで動きますよね。 なぜ育児と家事だけが、「助けを借りたら負け」みたいな空気になるのか。
誰が決めたんでしょう、そのルール。
外の力を借りること、道具に頼ること、人の手を借りること。 そのどれもが「楽をしたい」からじゃなくて、 「子どものそばで、ちゃんと笑っていたい」からです。
手を抜いていい。それは誰かが決めたルールを破ることじゃなく、 最初からそんなルール、どこにも存在しなかったんです。
理由②罪悪感を持つほど、あなたは真剣に育児をしているから
ここで正直に聞かせてください。
育児を誰かに頼ったとき、こっそり罪悪感を感じたこと、ありませんか。
「こんなこともできないのか」 「ちゃんとした親じゃない」 「周りのママはひとりでやってるのに」
その声、全部、自分の中から出てきてる声ですよね。
誰かに言われたわけじゃない。でも、一番きつい言葉で、自分を責めてしまう。
育児相談サイトには、こんな声がたくさん並んでいます。
「幼稚園の行事がある日は、朝から憂鬱。完璧にこなせない自分が嫌で、子どもに当たってしまう」
「子どもがマイペースでなかなか準備できないことに、毎朝イライラする。こんな自分が母親でいいのか、と泣きたくなる」
「夫が育児に協力的じゃない。でも責めると空気が悪くなるから、黙って全部やってしまう。もう限界なのに」
読んでいて、胸が痛くなりませんか。
この人たちは、手を抜いているんじゃない。 むしろ誰よりも真剣に、誰よりも自分を犠牲にして、 それでも「もっとやれるはず」と追い込み続けている。
罪悪感を感じるのは、それだけ子どものことを大切に思っているから。 罪悪感の強さは、愛情の深さと比例しています。
だから、手を抜くことを選んだとしても、あなたの愛情は何も減らない。 むしろ、無理をやめた分だけ、やさしくなれる余白が生まれてくるはずです。
理由③「死なせない育児」で、子どもは十分に幸せだから
少し過激なタイトルですが、聞いてください。
「今日一日、子どもを死なせずに済んだ。それだけで満点」
この考え方、どう思いますか。
最初は「そんなので満点なの?」と思うかもしれない。 でも、疲れ果てたある日の夜に、この言葉を思い出したとき、 肩から力が抜ける感覚がしませんか。
完璧なご飯じゃなくていい。 今日は絵本を読めなくてもいい。 ちょっとテレビに頼ってしまっても、いい。
生きていてくれた。それでいい。
そして、もうひとつ。
外の力を借りることで生まれた「余裕」は、 必ず子どもへの「やさしさ」になって返ってきます。
家事に追われていた時間が空いた夜、 何も考えずに子どもとゲラゲラ笑えた、あの瞬間。
急いでいなかった休日の朝、 子どもが「ねえ聞いて」と話しかけてきたとき、ちゃんと目を見て答えられた、あの感覚。
手を抜いた日の方が、子どもがよく笑っていた—— そんな経験、一度くらいあるんじゃないでしょうか。
子どもが一番必要としているのは、完璧な親じゃなくて、笑顔のあなたです。 「死なせない育児」は、決して投げやりな言葉じゃない。 長く、機嫌よく、子どものそばにいるための、大切な心構えです。
「育児が嫌い」と感じたあなたへ
手を抜いていい理由、伝わりましたか。
もう一度、まとめます。
- 「全部ひとりでやらなきゃ」なんてルール、最初からどこにもない
- 罪悪感を感じるほど、あなたは真剣に育児をしている
- 「死なせない育児」で、子どもは十分に幸せ
「育児が嫌い」と思ってしまったあなたは、弱い親じゃない。 限界まで頑張ってきた証拠です。
もう少し、自分をゆるしてあげてください。 頼ること、逃げること、手を抜くこと。 それは全部、あなたが長く子どものそばにいるための、大切な選択です。
子どもの寝顔を見て、心から愛おしいと思える余裕
それを取り戻すことが、最高の育児だと、私は思っています。
育児の「嫌い」「しんどい」「限界」を全部まとめて整理したい方は、
こちらの総合ガイドもあわせて読んでみてください。
→ 「子育てが嫌い」でいい。共働き親の本音と、しんどさを手放す出口
